KEIKO KOMA Webサロン

深まり何もない一日


8月30日の武蔵野コンサートの経験から魂について理解が深まっていくなか、京都で開催される先生の講座の日程を見て、理解をもっと深めたい気持ちで迎賓館コンサート後、再び京都にやってきました。「存在論」で魂、霊魂、善悪、神学、哲学など今この時に自分の中で言葉が整理されていき、最もお聞きしたいことでした。哲学の流れも今興味があることで少しづつ勉強していることです。
「死について」でお話くださった精神、意志はまだわからない自分であることもわかりました。コンサートや講座の飛躍の経験を重ねるうちにわかる時が来るのを楽しみに、今の自分の理解度がわかったこともありがたいことでした。自分でわかり人生深めていくことができるのがいだきの凄いところです。教わるだけでわかるものではないと今はよくわかります。
パウロやアウグスティヌスなどキリスト教のお話はとても知りたいことでした。が、どう頑張っても意識は朦朧としていき、どうしても聞けませんでした。キリスト教関連のお話が終わると頭ははっきりしてきたことから、明らかにこの部分だけ聞けず、どういうことだったんだろうと答えはわかる時が来るのを待ちます。この頃「罪」という言葉が自分のなかで引っかかっていました。普段使う言葉ではないですが、何かが嫌なのです。今は理由はわかりませんが、今日キリスト教関連のお話が聞けない状態だったことと関係していそうです。キリスト教がベースの社会で十代の半分を過ごしたことも関係していそうだと書いていて浮かびました。
二つの講座の後、帰る時間を気にすることなく高麗さんのビデオ講演会をお聞きできたこともありがたいことでした。お話をお聞きしながら、私はかつていだき本社の三階で開かれていた高麗さんのいだき講座説明会で反応できたことが人生の転機だったと再び浮かびました。何を求めているかもわからず、高麗さんのお話も何をわかったというのはひとつもないのに、30万円の講座を当時大学生だった自分が即決したというのは魂の反応だったのではと今になり考えています。
一日深まりながらもまるで忘れてしまったかのように内は何も残らず、今日となった明日はまた新たなはじまりとし「ジェンダー講座」に参加させていただきます。ありがとうございます。

KEIKO KOMA Webサロン
比叡山より
KEIKO KOMA Webサロン
車中から続きです
KEIKO KOMA Webサロン
モスクワにて