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杉並での大いなる心胸に京都への新たなスタート


1月31日のコンサートは東京荻窪でのコンサートとなりました。長年の友と出会ったのも30数年前杉並区浜田山でした。乳飲み子と3歳の子がいて当時住んでいた世田谷区では働こうにも保育園が満杯でした。今思い出しても不思議な巡りでしたが困り果てた時電車内で近くにいた方の友人が主のない空き家を貸してくれ杉並区成田東のそこに住むことになり近くの浜田山保育園に通わせられ仕事ができるようになりました。電車内で会ったその方は著名な翻訳家でその後もドイツ人のベビーシッターを紹介して下さったり本当にお世話になりました。コンサートご案内をきっかけに二度とお会いしなくなりましたが書き込みさせていただきましたので今日夜宛先探しご案内しようと考えます。優しい愛がどんどん大きく広がるコンサートでした。音のクリアにあまりにも大きく広がりはてないことを体感しました。全部綺麗にしていただきました。いだきしん先生、誠にありがとうございました。
1月末には2004年前後の諏訪を題材にした小説を脱稿しました。年末どうしてもお会いしたくなった方を訪ねたら偶然諏訪の上社前宮前で育った方で話はずみ10数年書いているなら小説は別に入賞しなくても出してほしいと言われ、その時にこだわっていたものが取れました。年明け今度は従姉と出かけたときにいつも小説を書くことを応援してくれていたので今度応募するんだと伝えたところ、お勧めしないと言うのです。万一受かったら結局は好きで書いていたものがビジネスになってしまうのよ。慧眼に参りました。極めつけは最終稿の規定に合わせて30字かける40行にした設定が実は自動で組み替えられる仕様のパソコンに買い替えてしまったため確認すると第一章は27字第二章は28字第七章まで何度設定し直してもダメでした。
杉並公会堂に遅れるわけには行きません。大いなる働きを前に全てはこれからに向かうのみ、となりました。
さて、今家族とし残したこと何もなく京都へ向かっております。何もかもこれからです。いだきしん先生、高麗様、本当にありがとうございました。

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東京にて
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ウラジオストク KOMAギャラリーにて
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高句麗 始まり第5弾