KEIKO KOMA Webサロン

新しい価値観


昨日の京都での高句麗伝説上映会、ビデオ講演会、応用コースをありがとうございました。

上映会では好太王の詩を中心に物凄いエネルギーを感じ、自分の本音が現れるなど、要の会であったと感じました。始源の光との出会いにより、高句麗の歴史が紐解かれ、運命が解放されることで、真の自分が現れる、という一連の詩から、先生に新しい生命にして頂いている私達は、本来は何でもできるはずであると感じました。そして、そこから、自然農をやりたいという本音が生まれました。自然農に取り組まれている知り合いの受講生の方の、何かお力になれないだろうかと考えたことはありましたが、「自分が」という表現になるとは思ってもみませんでした。やる前にどこかで自分には限界があると感じていたからです。新たな表現が生まれると、これまでに気になっていたことや、感じてきたこと、行ってきたことの各断片が次々と繋がり、全てが一つとなっていくことがわかりました。そして、「人間同士が生きていける新しい環境づくり」、「森づくり」、「世界に通用する技術」のいずれにも通ずるものと感じました。そして、今後の動き方も次々と見えてきました。さらに、どのような土地に行こうとも、三鷹の地と繋がっていれば中心から外れることないと感じました。一方、詩の内容から、「愛」なくしては真の実現は叶わないと感じ、地球、日本という表現が生まれましたが、その先が空洞であることがわかり、関係や内面を問う必要性を改めて感じるとともに、後の応用コースでの死霊のお話から、自身の価値観をもとにした部分的な状態が原因ではないかと考えます。

応用コースでのお話は、死霊についての理解がより深まりました。とくに、死刑についての一連のお話からは、人間が、事実を理解し変わることなく死ぬことは、生きた人間に対しての影響があまりにも大きく、とても恐ろしいことだと改めて感じました。また、亡き母について、いつまでも過去に引きずられ、主体的に生きられていない自分の状態を認め、ここでも、まずは事実を整理したいと感じました。さらに、体、すなわち生命を中心とした新しい価値観の創造が必要である一方、これまでの男社会の中で共通した価値観がお金であり、生命を生み出す女性が中心になっていない、というお話しからは、ジェンダーについて、従来の社会的な価値観の中でしかものごとを考えられず、新たな価値を創造するという発想には至ってなかった自分に気づきました。

魂は永遠であり、愛がわからないと、死後も死霊として生きた人間と一体となり悪事を働くというサイクルがある限り、人間の一人一人が変わるより人類に残された道はないと感じました。そして、コンサートや講座等において、霊界を相手に、空間を整理して頂いていることで、私たちは、以前よりも遥かに真の自分を現して生きていける環境にあることに気づき、個人的にやりたいことを起点とされているのではない、先生の生命懸けのお働きに愛を感じました。さらに、生命を綺麗にして頂いている自分は、せめて自分のやりたいことを手掛かりにものごとを行い、新たな価値観の創造に向け、本当の意味での人間になれるよう変わっていくしかないと感じました。

ありがとうございます。

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結工房より