KEIKO KOMA Webサロン

光の世界


「12月24日全い」コーヒーを夕方にも淹れさせていただくと、闇は一切入り込む間がない光の空間が見えました。闇の中に光が灯ると、光により闇がとけ、光の波紋が徐々に広がっていくように見えます。が、完全に光とひっくりかえった世界では、光よりないということが図形で見え、生きていく希望を感じます。私の希望的観測であっても、見えたことがはじまりです。そして光の世界で生きていると、先生の表現やおっしゃっていることの意味がよくわかるのです。講座の時に、質問される方に対して、何を言っているかわからない、とおっしゃることの意味もよくわかります。当然ながら、話していることは理解できても、光の世界で生きていると、問題にしなくていいことを問題とし、悩まなくてもいいことを悩んでいるということがよく見えます。人間が生きる世界は光の世界とわかります。

今日もビデオ講演会サロンをさせていただき、話し合う中で、いだきのことをわからずに、離れていく人のことを心配している話題がありました。何故離れるのかと想像してもわからないと言います。たとえわかっても何になるかと考えると、考えなくてもよい事と気づきます。考えなくてもよいことを思い、心配してもしかたないことを心配し、頭が先を作る為にはたらかないことを四六時中していることを自覚します。闇の世界で生きているとこのようになるのです。私も情けにより、身動きできないことが多く、長年に渡り、やっと抜け出せたと表現した翌日にはまた情けにはまり。。。と繰り返してきました。闇の世界で生きていれば、延々と繰り返します。光の世界で生きていれば、一気にやめられます。やめられるのではなく、はじめからする理由がないのです。今日、コーヒーを淹れさせていただき、一気に光の世界にひっくり返る光景を見、私も共にひっくり返りました。情けは悪魔につながっているということがはっきりと見えました。それも血液がつながっていると見え、身震いしました。自分の代で、過去から受け継いだ闇の因子は清算したいと心から望み生きています。光の世界で生きていれば、闇にかかわることも悪魔とつながることもないのです。世界全体が光となれば、人間の生き方は変わります。早くその時を作る為にはたらくことが良い世界を作りたい気持ちを表し生きることです。それにしても、いだきを離れる人の状態は、魔が差しているとしか見えません。自分で考える頭のはたらきをきちんと養わねば、どんなに講座、コンサートによって光輝く生命となっても頭が黒ければ、あっと言う間に闇の世界に引き込まれてしまうと見え、常に真の表現をし続けていくことの大切さが身にしみます。自分の内に闇があれば闇と引き合い、関係の中に悪魔が入り込み、分断されてしまいます。仲良く食事ができることが全いとお聞きしたことの意味の深さを今日は、しみじみと考えることが多かったです。光満ちる世界で光り輝き生きていくこれからの時代は、益々本音、真の表現よりできない時代となります。おおいなる働きかけを受け生きていけます人生に感謝し、徹して良い世界を作っていけますようにはたらいて参ります。ありがとうございます。

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「高句麗伝説」
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