KEIKO KOMA Webサロン

主体


昨日は三鷹でのコンサートをありがとうございました。

第1部の「男女の一心、愛」では、開始早々体が熱くなりました。やがて左胸の辺りがグッと摑まれるような感覚で体が反応していきました。それがおそらく心臓であろうと感じながらも、知識として心臓の位置を正確にわかっているわけでなはないことから、それが心臓かどうかは確証がない、だから、自分がわかっているとは認められない、と処理していく自分の思考パターンを自覚しました。

このパターンは、先生からご指摘を頂いた、自分のことばの選択のあり方と関係するものと考えます。日頃からことばの正確な意味を理解するとともに、知識を得ることで、表現が豊富になるものと考えます。ただし、知識に拘りすぎると、わかっていることも、わからないものと処理してしまう危険性があることから、知識はどのように活用するかに重きを置くべきと考えました。そして、表現をする際にだいじなことは、まずは体を中心とすること、すなわち主体であることがわかりました。今回のコンサートにおいて、感じた部分を大まかに「左胸である」と認めると、体が温かくなり、次に進むことができたからです。

また、男女のことについて、なぜ自分は問題意識が不十分と感じるのか、男性社会に男性としてあることが、その大きな原因と考えますが、演奏中にその原因を探っていきました。すると、亡くなった両親の関係が思い起こされました。子供のころから両親が愛し合っていると感じたことは一度もありませんでした。しかし、私は総じて幸せな家庭で育ってきたと思い込もうとしてきた節があります。最近、ようやく父と母との関係が自分にどのように影響しているかを考え始めましたが、上記の思い込みを行なってきた自分は何なのか、という気づきを演奏中に得ました。

第2部、「一条の光」では、メッセージを聞きながら、背中に複数回、ゾワっとする震えのような感覚がありました。演奏中、体は温かいのですが、左胸が押され、胸から喉にかけてヒリヒリと痛みを感じ、しんどくて辛い状態が続きました。まるで、先日のジェンダーでお話しのあった、放射線を照射され続けているような感覚でした。この状態が暫く継続し、良い方向に改善する様子もないことから、過去のコンサートで経験したように、ピアノの音に逆らうような体の状態であることを自覚しました。そこで、前回と同様にピアノ音の流れに身を任せることで脱出を図りましたが、うまくいきませんでした。そこで、メッセージにあった「光」と「一緒」ということばを心の中で何度も繰り返しました。すると徐々に痛みは和らいでいきました。だだし、頭はやや重く、体に痛みが少しだけ残る状態で、終演となりました。

今回のコンサートでの経験を通じ、今後、目まぐるしく変化する環境において、男女の愛がわからない状態では、人類が生き残ることはできないものと感じました。そのため、ものごとをわかっていくことが未来を創っていくことであることを確認しました。

ありがとうございます。

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